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ロクジ研究所がスタートした理由

 

「なんでもいいので仕事いただけませんか?今仕事がなくて困ってます」

場所はマレーシア、2008年の話。
別の案件の急なキャンセルが出てしまい、僕(井垣)は親しいお客さんに仕事を施してもらえるようお願いに行きました。何件か回ってようやく一件、金型の制作をさせてもらえることになりました。午後8時頃、帰りに車を運転しながら、これでピンチはとりあえず脱出したと安心したのもつかの間、いつまでこんなことをしなくちゃいけないんだろうと暗い気分になりました。1人で仕事をしているんだったら、これくらいのことなんともないでしょう。でも一緒に働いてくれるマレーシア人のスタッフや家族のことを思うと、吐きそうになるくらいプレッシャーを感じていたのを覚えています。

 

工場経営者として3年目を迎えて、まったくのド素人が経営をすることになった割には上手くやっている方だと思っていました。その時には気付いていなかったのですが、創業者である兄と上司の二人が残してくれた、お客さん、スタッフという財産を食いつぶす形でようやく経営が成り立っていたのだと思います。

 

海外なので大変なこともありました。

この頃まではよく、海外だから大変なんだって心の中で愚痴ってばかりいました。
だって言語、風習、常識が日本と全く違います。言語が違うので、こちらが詳しく伝えたと思っていても、きちんと伝わっておらず、失敗がたくさん。相手もこちらも母国語じゃない英語を使うので当然と言えば当然です。

風習が違うので、そもそも大切にすることも違います。
お客さんとの約束よりも、何でもない友達との夕食の方を優先します。納品前日にミスをして製品を壊してしまった人が、製品の修復を待たずに終業時刻を過ぎたという理由で帰宅することは別に特別なことでもないのです。

常識が違うので、ボタンの掛け違いのようにかみ合わず、手遅れの段階で気づくことも多いです。製品としての機能は全く問題なく完成しても、図面と違う製品になっていたりします。

これが客先、社内の両方で起こるので日々飽きることがありません。

 

仕事は大変でした。でも楽しかった。

まるで良いことがなかったように聞こえるかもしれませんが、今振り返ると色んなことを経験したことは幸運だったと思います。20代半ばのド素人が工場経営をすることになったこと。場所が外国だったこと。当時はマイナスだと思っていたことはすべてラッキーなことでした。仕事の色んな場面で、言語や風習、常識が違った場合にどうすれば良いかということを深く考えざるを得ませんでした。特に現地の人と仕事を依頼する場合、社内でも協力会社に対してもそうですが、日本だと「馬鹿にしているのか?」と怒られかねないほど詳しく仕事の手順を書きました。例えば図面などは良い例です。本来どういうものを作るかがすべて書かれているのが「図面」ですが、マレーシアではそうはいきません。その品質をどう達成するかを、加工方法までこちらで指定します。どの機械で、どういう工具で、どれくらいの削り幅で、送りはどれくらいで、など事細かく書きます。そして起こり得る問題も列挙します。それだけでは終わりません。もし問題が起こった場合の対処方法まで指定します。誰に連絡するか、つながらなければ次は誰に連絡するか、電話番号は?想定されることはすべて書いて渡します。これは別に後で揉めた時に、「ちゃんと指示したよね」とか言いたいからではありません。(日本だとそれ目的の「仕様書」みたいなのが多いですよね)

パニックになって問題を隠されたり、取り返しのつかない大問題になる前に「僕たちはあなたの味方ですよ、問題が起こることは想定しているので、安心してください。できるだけ問題が起こらないように、念のため詳しく内容を書いておきます。問題が起こったとしても怒ったりしません。場合によっては余分にかかる費用だって僕たちが払います。だから何かあったら隠さずに連絡してね」ということを伝えているのです。もちろん最初からそのようにしていたわけではなく、あまりにも想定外の問題が起こることが多かったからです(おそらく日本のそれよりも)。それで問題が発生しなくなったわけではなかったですが、相手に仕事を依頼する時に、相手の立場に立って丁寧に伝えることの大切さを勉強できたと思います。身に染みて(笑)。

 

一方で、こんなことを感じるようになりました。

そんな毎日を送るうち、僕はあることに疑問を感じ始めました。

日々出会う工場経営者は国内外、人種を問わず、根が真面目な人がとても多いということ。モノづくりに関しては天才的な人ばかりだし、ガッツもあります。時には、というかほぼ毎回の案件で、予算か、納期か、技術か、もしくはその全てで制約があるにもかかわらず、モノを作り上げてしまいます。楽しんでいるようにも見えます。実際僕もそうでした(天才ではないことははっきりと自覚しています)。

でも同時に、毎月毎月浮き沈みする経営状況があり、常にみんな不安に駆られているのです。僕だって4、5か月先を見通すことができれば良い方でした。2ヶ月先はどうなっているだろう、という漠然とした不安があり、自分たちのことを「季節労働者」といっていたくらいです。

これっておかしくないか?と。

自分だけならまだしも、僕から見て相当すごいモノを作っている会社ですら、安定した利益が確保できていないのです。日本の一番の長所は良いモノを作ることができる、という意見に反対する人はあまりいません。このままだと日本が弱くなってしまう、とまでこの時に考えていたかどうかはわかりません。でも、中小零細のモノづくり事業の経営者はもっと報われるべきだ、と思い始めてしまったのです。僕も含めて、彼らがこんな状況だと、廃業する経営者も増え続けるに決まっています。息子に事業を引き継ごうかどうか迷う人も出てきて当然です。実際、僕の知っているモノづくり事業の経営者も事業を存続させるか、廃業するかで悩む人は多いです。その理由のほとんどは、売上も利益も減っているから。僕も同じでした。頑張って利益の多い案件を受注しても、ふと気づいたら仕事も利益も減っている、ということの繰り返しでした。お客さんの業種をもっと分散しないといけないこと、質の高いお客さんを増やさないといけないこと、お客さんが向こうからやってくるような何かが会社に必要なことはわかっていましたが、どうやってその状態を作り出せばいいのかまではわかりませんでした。

 

そこでこんなことを始めました。

僕は根が不真面目なのでしょう、もっと再現性の高い、自分が少しの間くらい倒れても何とかなるように、引き合いを自動で集めてくれるような裏技はないのかと探し始めました。まず思いついたのが会社のホームページを作ることです。とは言っても、マレーシアなので、日本語ができるホームページ業者もおらず、かといって直接会うこともなく、日本の業者に発注する気にもなれません。そんなに予算も確保できそうにありません。結局自分で作ることになりました。会社の経営しながら空いた時間で、しかも一から勉強しながらなので、3、4ヶ月はかかったと思います。今から見るとレベルの低いホームページではありながら、結構簡単に結果は出ました。当時はまだホームページを作るだけで、一定の問い合わせをもらうことができた時代です。こちらから営業をかけに行くわけではなく、日本やマレーシア国内はもとより、マレーシアの近隣国からの問い合わせも来るようになりました。そのうちの何件かは受注もでき、受注には至らないものの、それが縁で別の会社との取引関係ができたこともありました。それ以外にも、マレーシア進出を検討しているメーカーからの問い合わせが多く、僕たちの数十倍、数百倍の規模の会社が直接訪ねてきてくれたことも一度や二度じゃありません。

 

その後、社内の業務を圧縮するために業務マニュアルを作ったり、エクセルでソフトウェアを作ったりもしました。自動化できるものは全て自動化して、楽がしたいと考えていたのだと思います。とにかく、「おお いいね」とお客さんが喜んでくれるような製品を作ることに集中したかったとも考えていました。これも結構大きなインパクトがありました。業務がスムーズに行われることよりも、日々の気づきや改善がきちんと蓄積されていくということが一番の魅力でした。どんどん強くなっていく感覚みたいなものが、いつも付きまとっていた得体のしれない不安を少しずつ消していってくれました。

 

でもまだ何か足りない気もしてきました。

ホームページを作っても、本当にターゲットとしている人に届けられるように設計されているかどうかわからなかったですし、業務マニュアルやソフトウェアだって、効果を最大にするための方法や考え方が体系化されていることも、この時は知りませんでした。

 

ホームページも、マニュアルも、ソフトウェアも全部必要なことはわかっていました。ただ、結局限られた資金で会社を成長させていくためには、何かが足りないという気がしていました。それまでも経営に関して色んな本を読み漁って勉強しては試していました。松下幸之助、本田宗一郎、最近だったら稲盛和夫。ビジネスに取り組む心構え、成功事例、失敗事例も研究していました。でも、どの話もどうも後付けのような気がしていました。嘘が書いてあるわけじゃありません。どれも大切なことで、真実だとは思うものの、10人程度の会社でこんなことやってる場合かという話が多いような気がしていました。今大きくなっている会社も、創業当初の小さな会社の時代はもっと違うことをやってたんじゃないかと疑っていたわけです。小さな会社はとにかくお客さんからの引き合いをとって、良いモノを作って、販売し、利益を出すことが一番大事で、その第一段階の「お客さんからの引き合いをとる」ところでみんな苦労しているんじゃないかと、色んな本を読みながら思うわけです。どうすればお客さん、できれば自分たちにとって優良顧客から、受けきれないほどの引き合いをたっぷり確保して、しっかり利益の出せる価格で販売することがきるんだと、いろんな情報を探し続けました。

 

セールスではない、マーケティングという考え方との出会い

そのうち、どうやらそういう夢のような状態を作り出す技術のことをマーケティングと呼んでいるらしいということがわかりました。販売を有利に進めるための準備段階をきちんとすれば、あとは自動的に売れていくようにすることができる、つまり利益をしっかり出せる事業を作ることができる、というわけです。

実際にはそれまでも「マーケティング」は使ってもいましたし、恩恵に預かってもいました。
ただ、
体系化して、
優先順位を決めて、
効果を測定して、
改善して、

というようなことはできていませんでした。これはすごい。ものすごいことを知ってしまった、と感じました。実際にマーケティングを意識して、販売までのこと、具体的にはお客さんや、将来お客さんになってもらえそうな人に、ピンポイントで役立つ情報を探してレポートにまとめて提供したり、お客さんが抱えている問題や悩みを定期的に調査して解決策を提案したりしてみたところ、引き合いの月当りの平均件数がそれまでの1.5倍近くまで増えました。金額ベースでいうと2倍近くです。しかも問い合わせがある段階で、なぜか売り手の僕の方が優位に話を進めるという不思議な状況になりました。これは極端な例ですが、ある自動車部品メーカーから初めて見積もり依頼があり、その時は完全に会社のキャパを超えていたので丁重に辞退しました。しかし会社に3回、4回と押しかけてこられ、断っても、どうしてもと頼まれるので、仕方なくお断りするつもりで高額な見積りを出したら(通常の値段の1.9倍で出しました。2倍はさすがに心が痛んだので)、発注されてしまったということもありました。
あらゆる人脈、協力会社にお願いしまくって無事納品できましたが(笑)。この頃になるとお客さん探しよりも、受注した仕事をこなしてもらうために協力会社探しの方に力を入れなければいけないような状況になっていました。

マレーシアから日本に帰国が決まってから

仕事の量、売上は順調に増えていたものの、10年間という区切りを迎えて日本に帰国することになりました。さあ次は何しようかと考えるまでもなく、10年前の自分と似たような経営者にが、モノを作って、不安なく事業を存続、発展させていくことができるようなサービスを提供する会社を作ることに決めました。とはいえ、どうすればお客さんの利益につながるサービスを提供できるかを試行錯誤した結果、現在のようなサービス体系になりました。

 

マーケティングを実行しようとしたとき、インターネットはとても親和性が高いです。どういいうことかというと、小さな会社でも、実績の紹介などの情報提供が気軽に、しかも早くできます。現在ではいろんな動画サービスもあり、営業マンがいなくても、動画で営業ができるわけです。実はこれは画期的な出来事で、一度作ってしまえば24時間休むことなく会社のために働いてくれます。文字だけでなく、声や実際の姿を、直接会う前に見てもらうことができてしまいます。何もインターネットがすべてではないですが、インターネットがあるおかげで資金をあまりかけずにスタートすることができます。

 

良いことばかりではありません

もちろん昨今の状況を見ると良いことばかりではありません。一説によるとインターネット上のページは加速度的に増加しており、一日あたり70億ページずつ増えている、というデータもあります。なのでどんどんホームページを見てもらうことが難しくなってきています。なので対象となる将来のお客さんに向けてダイレクトメールを送ったり、ニュースレターを発行したりしながら、ホームページを見てもらうための施策をする必要性も高まってしまっています。ただ、残念ながらもうホームページを作らずに、だれかが探し出して電話をしてくれるような時代ではないし、会社の住所と製品を載せておけば事足りる時代でもありません。限られた業界の、限られたお客さんとだけ付き合っていれば良い時代でもなくなってしまいました。

 

かといって悪いことばかりでもありません、むしろチャンスです

きちんと練られてたマーケティングに基づいてインターネットを活用している製造業の会社は、他の業界に比べて劇的に少ないです。ホームページをもっている会社の割合も製造業は特に低く、数億円の売上規模の会社でもタウンページにしか載せていない、ということも珍しくありません。

インターネットは中小零細のモノづくり事業者こそ劇的な効果を上げるツールになります。

きちんと設計されたマーケティングによって、今までコンタクトを取ることができなかった人に、興味をもってもらって問い合わせてもらい、商売につなげることができます。また、たくさんの人に見てもらうこともできる。製品の特長だけでなく、作るまでの思いだったり、歴史だったりも詳しく伝えることもできる。

うまくすれば他の業界の人にだって興味を持ってもらえるでしょう。今なら少し頑張れば無料でホームページも作ることができますし、動画のサービスやSNSだってほとんどは無料です。予算がなくても色々できる状況は以前よりもたくさん揃っています。会社の住所、製品、誰の興味も引かない、役にも立たない文言が並んだメッセージだけを載せているような退屈なホームページでなければ、必ずあなたの製品や技術が必要な誰かが見つけてくれます。

 

その他の問題も、利益がしっかり出せる仕組みがあれば何とかなる

事業運営で色々起こる問題のほとんどは金でなんとかなる、などと言えば人間性を疑われかねないですが、実際大体の問題はお金で解決できてしまいます。人の問題も製造過程で起こる問題も、たっぷり費用をかけることができればほとんど解決できることが多いと思います。なのでやっぱり利益を確保する仕組み作り、マーケティングが一番大事だという結論にならざるを得ません。モノづくりが健全にできるようになって、それが製造業だけでなく、他の業界、一次産業、三次産業に影響することができれば、それが本当の意味での日本の発展につながると信じています。

ここさえ押さえておけば、かつての僕のように「仕事がないので、何か下さい」という恥ずかしい思いもしないでよくなります。良いモノをつくる事業をこれ以上絶やさないよう、今まで以上に発展するようにすることが僕たちの事業の役割です。

 

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